クレマチスの園芸文化史

クレマチスの交配 1950~

さて戦後も1950年になりますとやっと戦前の交配熱が息を吹き返しました。1950~1960年の新花の作出件数は戦前のどの10年よりも多く、質的にも高くて現在栽培されているクレマチス大輪花の主要な部分を占めています。

育種家の国籍についても変化があり、戦前は英、仏、独が主でしたが、戦後はエストニア、ロシア、ウクライナやスエーデン、日本が加わったことです。ただ残念なのは、自然交配や混合花粉で交配したものが多くなったこと、同時に世代を重ねた結果元の原種まで血筋をたどれないものが多くなったことです。
この年代の作品としては
ビーズ・ジュビリー(1950)、
薄青に鮮やかな赤覆輪と中筋、大きく華やかなクリーム色の花芯のコントラストが美しいバーバラ・ジャックマン(1950)、
藤娘(1952朝霞 x ザ・プレジデント)、
白王冠(1957以前)、
H・F・ヤング(1954)、
コロナ(1955 ネリー・モザー x ?)、
カリン(1955ラジュア・シュターン x ?)、
ハグレイ・ハイブリッド(1956)、
ビューティー・オブ・ウースター(1957ヴィチセラ・パープレア・プレナ・エレガンス x カウンテス・オブ・ラブレース)、
ヴィヴィアン・ペンネル(1957ダニエル・デロンダ x ビューティー・オブ・ウースター)、
セレナータ(1960マダム・エドワード・アンドレ x ?)などです。

 1960年になると更にロシア、ポーランド、エストニア、ラトビアなどの東欧諸国、それにニュージーランドが加わり、数の上ではこれら東欧諸国が圧倒的多数を占めるに至りました。

これらの諸国は、国立の研究所やコルホーズでの大規模かつ組織的な育種を行い、作られた品種は多いですが、ポーランド以外は西欧との交流が進まなかったため自由諸国での入手は困難でした。しかし1990年代には紹介されるようになり、その優秀性は高く評価されています。
これら東欧で国営のコルホーズ、ソフォーズでクレマチスの育種に携わった人はエストニアの気ヴィスチック、ソヴィエトのシャラノワ、ウクライナのべスカラバイナーヤ、ヴォルセンコ、ヴァレニスなどです。

ポーランドではフランチャックが優秀な作品を作っております。

1960年以降の主だった交配種は次の通りです。
ケン・ドンソン(1961バーバラ・ジャックマン x ダニエル・デロンダ)、
ミセス・N・トンプソン(1961)、
ハーバート・ジョンソン(1962ヴィヴィアン・ペンエル x パーシー・ピクトン)、
ヴォストーク(1963)、
ジョン・ハクスタブル(1967コムテス・ド・ブーショウ x ?)、
ジョン・ウォレン(1968、)
ルージュ・カージナル(1968ヴィル・ド・リオン x ポープル・マット)、
ニオベ(1970)、ユビレイニ70(1970ジャックマニ x ブルー・ジェム)、
ジョーン・ピクトン(1971)、
柿生(1971アーネスト・マーカム x スター・オブ・インディア(日))、
麻生(1971アーネスト・マーカム x スター・オブ・インディア(日))、
ペンエルズ・ピュアリティー(1973ビューティー・オブ・ウースター x マリー・ボワスロー)、
ベロニカズ・チョイス(1973ヴィヴィアン・ペンネル x パーシー・レイク)、
チャリッシマ(1974ネリー・モザー x キャサリン・ホイーラー)、
キリ・テ・カナワ(1975カルセドニー x ビューティー・オブ・ウースター)、
ジリアン・ブレイズ(1975)、
ルイズ・ロウ(1980ウイリアム・ケネット x マリー・ボワスロー)、
ルーテル(1980アーネスト・マーカム 自然交配)、 キリメ(1980ラモナ x 混合花粉)、
ジェネラル・シコルスキー(1980)、
ポーヤナヘル(1981アーネスト・マーカム x 混合花粉)、
W・S・カリック(1983)、
ヴィオラ(1983ロード・ネヴィル x 混合花粉)、
カーナビー(1983)、
ピールウ(1984)、
カルセドニー(1984ヴィヴィアン・ペンネル x マリー・ボワスロー)、
ミセス・ターゲ・ルンデル(1985)、
フーヴィー(1986ポーヤナヘル x ニオベ)、
カクパー(1987)、
サンセット(1988)、
ケーニッヒス・キント(1989)、
ベティー・コーニング(1990)、

アンナ・ルイーズ(1993カザグルマ x ラヌギノサ)、
アンドロメダ(1994)、
ブルー・ライト(1999)

以上のように第2に世界大戦以降、世界規模の戦争や経済恐慌もなくクレマチスの育種も順調に推移し、この盛況は更に発展しながらそのまま21世紀に継続しました。

2000年代に入りますと、交配は欧州という従来のパターンが変わってアメリカの参加と従来から育種はしていたものの国際社会への参加が遅れていた日本が加わりました。

東西分離時代に蓄積されたロシア、ウクライナ、エストニアはそれまでに蓄積した作品群は底をついた感がありますが、これにかわってポーランドに有力な育種家が現われ活発な活動をしています。

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